大判例

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名古屋高等裁判所 昭和31年(く)11号 決定

本籍 岐阜県○○郡○○町○○○○八○番地の四

住居 名古屋市○○町○丁目一番地K方

少年 店員 村田千吉(仮名) 昭和十一年十一月十日生

抗告人 少年

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は本件記録に編綴の抗告申立書と題する書面記載の通りであるから茲に之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

本件記録を精査すると少年が原決定記載の如き詐欺行為を為したことは明らかであり且少年は弁護士を附添人に選任する届書を提出していないから原審が審判期日に附添人を呼出さなかつたことは違法ではなく、少年の人格、環境、保護者の保護能力の欠如、犯罪の動機態様、犯罪後の状況、健康状態其の他諸般の情況に照し原決定が少年を医療少年院に送致する決定を為したのは相当であつて原決定には所論の如き事実語認、法令違反又は著しい不当の処分と認むべき資料は存しないので本件抗告は理由がないので少年法第三十三条に則り之を棄却することとし主文の通り決定する。

(裁判長判事 影山正雄 判事 石田恵一 判事 水島亀松)

別紙(原審の保護処分決定)

少年 村田千吉(仮名)昭和十一年十一月十日生

職業 店員

本籍 岐阜県○○郡○○町○○○○八番地の四

住居 名古屋市○区○○町○丁目一番地○○洋行(K男)方

主文

少年を医療少年院に送致する。

理由

少年は、E、F子の間に長男として生れた者であるところ、幼時母と死別した後、九才頃淳市が継母H子を迎えたが、同女は少年を愛さなかつたため不遇の裡に成長するうち、不良と交友して窃盗の触法行為を累行し、一〇才頃○○学院に入れられた。しかし逃走八回に及んで退院させられ一二才頃再度同院に入つたが数回にわたつて逃走したため遂に退院を命ぜられ、昭和二六年八月一六日岐阜家庭裁判所で窃盗保護事件により保護観察決定を受け、爾後義務教育を終えぬまま岐阜市、名古屋市等で店員として転々し、昭和三一年一月頃から名古屋市○区○○町の○○洋行なる店の店員として働いたが、更に同区○○○通○丁目○番地にある同系統の○○商事なる店の店員に転じ、所謂さくらを使つて商品の一部を市価より極度に割引いてこれに引き渡し、時には客に売り渡す等の方法により客を集めた上、商品を割引いて売らないのに割引するかのように意思を表明し、或は商品を割引いて売るように装つて予め客をして金員を出させて客の希望しない粗悪な品物を渡して金員を騙取しようと企て、ここにA、C、D等と共謀の上、

一、昭和三一年三月二二日午後三時頃前記○○商事において靴下五足一組を五〇円で売る意志がないのにあるように装い水野みさ子外来集した客に対し、“靴下五足一組を五〇円で売る。買う人は一、〇〇〇円札を靴下の上へ置け。”とカウンター上に五足ずつまとめた靴下を置いて申し向け、みさ子をして真実靴下五足を五〇円で買えるもので代金を差引いた釣銭を受けられるものと誤信させ、因つて二〇足分買うため合計四、〇〇〇円を提出させ即時同所で受領しながら釣銭三、八〇〇円を渡さず、これを騙取し、

二、同年四月九日同所で松岡光子等来集した客に対し靴下五足を一〇〇円で売る意思がないのにあるように装い、“靴下五足一組を一〇〇円で売る。買う人は一、〇〇〇円札を出せ。”との旨申し向け、光子をして真実靴下五足を一〇〇円で買えるもので代金の差額九〇〇円を返して貰えるものと誤信させ、因つて即時同人より現金一、〇〇〇円の交付を受け、その差額九〇〇円を騙取し、

三、同月一五日午後一時頃同所で日置泰に対し釣銭支払の意思がないのにクレオン一箱を五円で売り、同人より一〇円銅貨を受け取りながら釣銭五円を渡さずこれを騙取し、更に“一〇〇円を出せ。良いものを売つてやる。”と申し向け、泰をして相当価格の物を割引いて一〇〇円で売つてくれるものと誤信させ、即時同所で同人より現金一〇〇円の交付を受けながら一〇〇円受領した証拠として白木綿カタン系一個(時価約五円)を泰に渡しただけで前記一〇〇円を騙取し、

四、同日午後三時頃同所で生田愛子に対し服地一ヤールを一〇〇円で売る意思がないのにあるように装い“服地一ヤールを一〇〇円で売る。買う者は一〇〇円出せ。”と申し向け愛子をしてその旨誤信させ即時同所で同人より現金一〇〇円を騙取し、次いで靴下五足を五〇円で売る意思がないのにあるように装い“靴下五足一組を五〇円で売る。買う人は一、〇〇〇円札を出せ。釣銭を数えるから暫く待つてくれ。”と申し向け、愛子をしてその旨誤信させ、因つて即時同所で同人より現金一、〇〇〇円の交付を受けたが釣銭九五〇円を渡さずこれを騙取し、

五、同月二八日午後二時三〇分頃同所で前同様の方法を以て八木田恒子を欺罔し同人に靴下五足を五〇円で売り一、〇〇〇円を受領しながら釣銭九五〇円渡さず、これを騙取し、

六、同日午後三時三〇分頃同所で田辺秋江に対し五足一組の靴下を示し、“これは街で一足二〇〇円もするが安く売つてやる。一、〇〇〇円札をもつている人に売る。”と申し向け、秋江をして同靴下五足は一、〇〇〇円以下に割引いてくれるもので幾許かの釣銭を貰えるものと誤信させ、即時同所で同人より現金一、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、次いで同人等来集した客に対し、“今靴下を買つた人にはあと三〇〇円出せば街では一、五〇〇円から一、六〇〇円もする純毛の毛系を一ポンド売る。”旨申し向け、秋江をして真実純毛をくれるものと誤信させ、因つて即時同所で同人より現金三〇〇円の交付を受けながら粗悪な木線の毛糸様の糸を渡して同金員を騙取し、

七、同日午後六時頃同所で青山喜代次郎に対し一〇〇円でタオルの寝巻一着を売る意思がないのにあるように装い、“一〇〇円でタオル寝巻を売る。”旨申し向け、同人をしてその旨誤信させ、因つて即時同所で同人より現金一〇〇円の交付を受けてこれを騙取し、

八、同月二九日午後〇時三〇分頃同所で久保かね、竹中いほ子外来集した客に対し、靴下五足を二五円で売る意思がないのにあるように装い“この靴下を五足一組で二五円で売る。これは一、〇〇〇円札を持つた人に売るから、買う人はその証拠に一、〇〇〇円札を出してこの靴下の上に置け。”との旨申し向けかねをして真実靴下五足を二五円で買えて、釣銭九七五円の交付を受けられるものと誤信させ、いほ子をして靴下は銅貨二五円で買えるもので、同人の出した一、〇〇〇札はその靴下を買う意思を明示する意味のものに過ぎず同人に返してくれるものと誤信させ、因つて即時同所でかね等より各一、〇〇〇円の交付を受け、もつてかねより前記靴下代の差額九七五円を、いほ子より現金一、〇〇〇円をそれぞれ騙取し、

九、同日午後二時三〇分頃同所で小玉みさ子外来集した客に対し靴下五足を一、〇〇〇円以下に割引いて売る意思がないのにあるように装い“この靴下五足一組を一、〇〇〇円で売る。しかし一、〇〇〇円では高いからまけてやる。買う人は一、〇〇〇円札を出せ。”と申し向け、みさ子をして同靴下五足は一、〇〇〇円以下に割引いて売つてくれるもので幾許かの釣銭を貰えるものと誤信させ、因つて即時同所で同人より現金一、〇〇〇円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

判示各所為は各刑法第二四六条第一項(判示八については同法第五四条第一項前段をも適用)に該当(何れも同法第六〇条をも適用)するところ、少年は現在肺結核に罹患して入院加療を要する状態にある上、少年の人格(特に濃厚な犯罪常習性)不良な家庭環境、保護者の保護能力の欠如、犯罪の動機、犯情及び犯罪後の情状等に鑑み、少年の健全な育成を期するためには少年を少年院に収容して矯正教育を施す必要があると認め、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文の保護処分を定める。

なお少年が他三名と共謀して脅迫したとの各事実(司法警察員作成の少年事件送致書及び関係書類追送書各記載の事実を引用)はこれを認定するに足る証左なく結局犯罪の証明なきに帰する。

よつて主文のとおり決定する。

(昭和三一年六月二三日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)

別紙二 抗告申立書

少年 村田千吉(仮名) 昭和十一年十一月十日生

私は昭和三十一年六月二十三日の名古屋家庭裁判所において医療少年院送致する旨保護処分決定の言渡を受けましたが左記理由によつて不服ですから抗告を申立いたします。

抗告の理由

一、僕は昭和三十一年一月二十七日に岐阜のOという人にせわで名古屋市○区○○○通の○○商事店員として一ヵ月三千円の月給で入店しましたそれから、四ヵ月見習で働いていましたが突然四月三十日でした警察の方がきて中警察署につれていかれましたがなにがなにやらさつぱりわからないのできいてみたら詐欺という事ですからびつくりしました。この詐欺ですが僕が入店してからまだまがありませんので、くわしい事はなにもわかりません。ただ僕のやる事は物をかたづけたり掃除をしているだけです。それに堂々と店を出している所です。悪いと知つていたらどんな所でも絶対に入りません。もう少し僕がここに長くいたら悪いよいはわかつたかもしれません。ただ僕は責任をもつてをられるAさんの指図にしたがつていただけです。罪があるなら店の責任を持つ人に有るのでわないでしようか。たとえ僕が共犯でもなにもしらなかつた事を認めてください僕は使用人ですから、僕は少年ですから責任はありません。

そして僕には弁護士がついていました。二回も拇印をとりに来たにもかかわらず審判の時わ来てくれませんでした。

僕の家の方は調査官のB先生がよく知つておられると思いますが僕の母は義母です。小さい時からひどい事をされました母は僕と妹がにくいのか冷たい当りをしますそれで僕と妹はりつぱな人になるまで家には帰らん事を誓い家を出たわけです。母親は僕たちが帰るとなにしにきたといいますですから家の環境は悪いですが又僕にはれつきとした親がわりになつてくれてる人がをります。僕はこの人のおかげで今までまじめに働いている事ができましたそれに貯金までする事ができました。僕はこの人を親のようにしたつてをります。この人は今名古屋市○区○○町の○○○荘という所におられます。名前は、Kという人です。僕から見たら非常にりつぱな人です。この人こそ僕の親です。弁護士の事も、親の事もK様が一ばんよくしつてをられます。どうぞこのK様をよんでもう一ど審判をやつていただきたいのです。僕の一生のをねがいです。どうぞおねがいします。

終り

抗告申立人 村田千吉(仮名)

昭和三十一年六月二十九日

名古屋高等裁判所御中

右の拇印は本人の拇印であることを確認いたします。

○○医療少年院教務課長

法務教官坂本邦弘

別紙三

意見書

名古屋高等裁判所御中

当裁判所は、昭和三十一年六月二十三日少年村田千吉(仮名)(昭和十一年十一月十日生)に対し医療少年院送致決定を言い渡したが昭和三十一年六月二十九日附を以て同少年より同決定に対する抗告申立書が提出されたので少年審判規則第四十五条第二項により次のとおり意見を述べる。

意  見

本件抗告は、これを棄却せらるべきである。

理由

一、犯罪事実

少年は逮捕当時から引き続き犯行を頑強に否認しているが、当審における証人尋問調書及び各証拠を綜合すれば、検察官より送致された犯罪事実中脅迫の点を除く爾余の各事実は判示のとおりすべて認定するに充分である。

二、少年の人格、病状及び要保護性

少年の人格及び要保護性については決定書に記載したとおりであるから縷述を避けるが、少年の不遇な生立や家庭環境に同情を注ぐに吝かでないにしても、自己の人格形成上の責任及び行為上の責任並びに将来における虜犯傾向は軽視できず、その要保護性は、まことに高度で同人の抜本的教育の欠如を補いつつ善良な市民とするため、矯正教育を施することは喫緊の要事といわねばならない。

しかも少年の現に罹患している肺結核は進行中であつて、何人もその加療を顧慮しない現状に鑑み、国家の恩恵を受けさせる以外に救う道はない。

三、保護者の保護能力

少年の母は既になく、父と継母が岐阜県にあるが、父は怠惰で素行芳しからず、実子たる少年を棄てて顧みないし(審判当日に呼び出すも出頭しない)、継母は少年も認める如く極度にこれを嫌悪し、一片の愛情も注がないので、この両名に少年の保護を期待することは不可能である。少年の主張するKは判示○○洋行及び○○商事の責任者と目される者で、判示犯行の如き所為を長日月にわたり黙認していたことに照し少年の保護者としてはその適格を欠くこと言を俟たない。

四、手続上の問題

(一) 接見等禁止決定について

当裁判所は昭和三十一年六月一日少年にかかる昭和三十一年少第一二二一号詐欺保護事件につき同人に対し新たに観護措置をとつたが、少年は犯罪事実全部につき否認したので、同時に、少年に対し将来附添人となる者以外の者との接見等を禁止する決定を言い渡した。後者の決定につき昭和三十一年六月十一日名古屋高等裁判所で開催された管内少年係裁判官会同で最高裁判所家庭局係官は、同局の意見として少年法上少年に対し接見等禁止決定はできないと論じたようであるが、この見解はまことに形式的皮相の謬説と断せざるを得ない。同局は、少年保護事件について刑事訴訟法は限定的に準用されるという大阪高等裁判所昭和二十五年一月三十一日の決定と同説を採るためかかる見解を表明したのであろうか、この見解それ自体が甚だ疑わしい。

けだし保護事件の性質に反しない限り刑事訴訟法の一般的準用を認めないと少年保護事件の法的安定性及びその円滑な運用は甚だしく阻害されることとなるからである。少年法を熟読するほどに、少年事件の実務にたずさわるほどに、同法の不完全性が痛感される。数例もつてこれを示せば、審判の公正維持のため裁判官の除斥、忌避に関する刑事訴訟法の一部は守られねばならず、少年保護事件の抗告事由として挙げられた決定に影響を及ぼす法令違反のうち、審判手続に関するものの適法性の証明については何らの規定がないから、刑事訴訟法第五十二条を準用せざるを得ないであろうし、刑事訴訟規則第五八条によらなければ審判調書等の作成の正否は担保されず、抗告の放棄及び取下も刑事訴訟法を準用して然るべきである。結局少年法上刑事訴訟法規の準用を定めた規定は、注意規定に過ぎないというべきである。

一歩を譲つて限定的準用説によつた場合に、少年法に規定なき処分は何もできず、従つて少年に対する接見等禁止決定もできないと解すべきであろうか。

およそ国家機関は、法規の定めるところによつて行動しなければならないことは勿論である。しかし国家機関の当面する諸事象は複雑であつて稀少な法規のみではよくこれに対応することができないのみならず、国家機関の行動能力及び範囲はその本質上、合理的に考察して不法と認められない限り、すべて許されると解するを相当とする。勿論国家機関たる裁判所として判決に相当する保護処分を定める決定に関しては、国家の最終意思を表明するもので最も重要な事項であるから、法規を厳格に適用すべきであるが、これに到達するための実体形成上及び手続形成上の諸処分は、規定がなければなし得ないという程窮届なものではない。

刑事訴訟法上被告人に対する接見等禁止決定の規定(同法第八十一条)は、被告人に対して接見等の権利を与えた規定(同法第八十条)があるが故に、その存在理由があるのであつて、これに相当する規定なき少年法上は、規定がなくしかも合目的的であるが故に、前段所説のとおりその処分が肯認されると解さなければならないのである。

何れにせよ、当裁判所が少年に対してとつた前記接見等禁止決定は、適法なものと信ずる。なお、この適法性を肯認した結論は、小官が昭和三十一年五月七日東京都文京区向丘彌生町の東京大学教授団藤重光氏宅で同氏と討論の末、その見解の一致をみたものである。

(二) 附添人の選任について

少年は本件につき附添人を選任した旨主張しているが、当裁判所はその届書を受理していないので、この点に関する手続上の違法はない。

以上の理由により本件抗告は理由なく失当であるから、これを棄却せらるべきであると確信する。

(昭和三十一年七月五日名古屋家庭裁判所裁判官 櫛淵理)

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